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いろんな所で「作家です」とか「小説家です」と言う度に首を傾げられてきている中沢ですが、様々なエンターティメントの中でも小説への思いは大きく、僕の中では怪獣と小説が中沢エンターティメントの二本柱だという考えはもう小学生の頃からずっと変わっていません。 小学生の頃から休み時間や授業中は小説を書き続けていて、いつも馬鹿なことして先生に怒られているし、成績も良くないし、いじめられているところもよく見掛けるけど、文章だけは上手と周りからは結構思って貰えていたようです。 作文コンクールとか読書感想文で賞状をよく貰っていたし、そういえば成績も国語はそんなに悪くなかった(漢字はいまいちだったけど・・)。 両親も僕が「歩く雑誌になる。」とか「中沢怪獣を世の中に席捲させる。」とか言った時よりは「俺は作家になりたいんだ。」と言った時のが遥かに反応が良かったものです。 地元の友人でも「パフォーマンスとか怪獣とかは辞めて、タケちゃんは文章一本でやった方がいいんじゃないの?」と言ってきてくれる人は多かったです。 まぁ、過去のことを思えば、僕がやってきた自分流のエンターティメントで唯一、それなりの評価も貰っていたのが『文章』であったのは確かです。 小、中学生の頃は作文で何度も賞を貰って、そのうちのいくつかは結構大きい賞で新聞で大きく紹介して貰ったり、文部大臣賞なんて物もいただいたし、科学技術庁長官からお祝いの言葉を貰ったこともあった。 高校生になると、自作のエッセイが小学4年生用の道徳の教科書に掲載されるという光栄な機会までいただいた。 そういった経歴もあったので、地元の友人も僕のやっていることで文章だけは認めてくれていたし、作家としてならやっていける可能性も0ではないんじゃないかと思ってくれたようだ。 僕自身は面白い表現、エンターティメント全般に興味はあったので中沢怪獣をどんどん作り、読みたいとも言われてないのに漫画を描いて毎週配ったり、誰も協力してくれないので怪獣人形を自分の手で動かして、音楽はアカペラでたった一人で怪獣映画を作ったり、友人を誘って歌を作ったり、じゃんけんで負けたんだから相方になれ!という無茶な理由で友人を相方にして漫才をやったりもしていた。 が、それらは周囲の誰にも理解されないまま、上京した。 ただ、逆に言うと上京してからの僕は地元では理解されなかった表現の方で評価して貰う機会のが多くなった。 パフォーマンスの様子がスポーツ新聞で紹介され、バラエティー番組に時々呼ばれるようになり、出演DVDがTSUTAYAのお笑いコーナーに並べられた。 また、地元にいる時は、「いい加減卒業しなよ。」と言われることの多かった怪獣好きな面が役に立つ機会も増えた。怪獣オタク、怪獣評論家としてイベントやテレビに出させて貰い、フィギュア王でコラムの連載も始まった。 また地元にいた時は、誰もが将来世に出ることなんてあり得ないと思っていた中沢怪獣がクレーンゲームのぬいぐるみとなり、まだ発表は出来ないけど今も中沢怪獣を使った新企画が動いている(僕の父は二十歳を過ぎてワケのわからん絵を描いている息子を見て本気で心配した、まあ気持ちは分かる)。 そんな、いろんな僕なりのエンターティメントが少しずつではあるが活躍できる場所、居場所を見つけていく中で、小説はなかなか前面に出ることは出来なかった。 僕自身は自分の本が並ぶことは、中沢怪獣にとっての商品化と並ぶくらいの大きな夢であったし、何よりも自分自身では歩く雑誌としてのパフォーマーである中沢健や舞台上の自分、バラエティー番組の自分よりも自作の小説のがエンターティメントとして良く出来ているとも思っていた。 しかし、エンターティメントは独りよがりではいけない世界だ。面白いと周囲の人達も思ってくれたから世に出られる。イベントや雑誌、テレビにちょっとずつでも出させて貰えているのは、幸いにも面白いと思ってくれた人がいてくれたからだ。 「僕は小説家です。」なんて言いながらも、小説が世に出ることはなく、地元の友人からはテレビでの僕を見る度に「小説はもう辞めたの?」なんて聞かれた。 もちろん、僕はずっと小説は書いていた。使っている時間で言えば、イベントやテレビのネタを考えるよりも遥かに小説に使っていた時間のが多かった。中沢怪獣もレオさんと出会ってからは使う(考えたり、作業する)時間は増えたが、それまでは僕の創作作業の八割くらいは小説に使っていたことは間違いない。 でも、エンターティメントの世界で大事なのは過程じゃない、結果だ。どんなに時間を使って、睡眠時間を削って頑張っても、つまらなくちゃ、誰にも認められないんなら意味はない。 結果は駄目だったけど頑張ったんだからいいじゃないなんて言葉は僕は大嫌いだ。 ま、他のことならその言葉にも納得出来るのかも知れないけど、エンターティメントの世界ではその言葉は認めたくなかった。 これまでに何度か自分の小説に自信をなくしたことはまぁ、あった。思えば自分が過去に評価されたことある『文章』も作文や詩、エッセイ等ではあったのだ。当たり前だが、作文もエッセイも小説も違うものだ。作文が出来たからって小説も出来るということにはならないのだ。お笑い芸人としては最高に面白い人がコメディー映画を撮ったからって決して最高に笑える映画にはならなかったりするように、幼い頃の僕は自分は作文も褒められるし、小説家としても成功出来る才能があるんだと思い込んでいた時期があった。 その勘違いに気付いたのは大学生くらいだったろうか・・随分と掛かったもんだ。 それでも、自分は小説というエンターティメントが好きだったし、諦めたくなかったから書き続けた。 いろんな賞に落選する度に落ち込んだが、だんだん感覚も麻痺して落選で受けるショックも小さくなってしまっていた時、講談社さんから電話があった。 「第3回講談社BOX新人賞で中沢さんの作品が受賞しました。」 その電話は僕が録画しておいたゲゲゲの鬼太郎のビデオの鑑賞中にあった。 鬼太郎の鑑賞中に見知らぬ番号から電話があって、最初はやや不機嫌モードで応対してしまったが、すぐに不機嫌モードは吹き飛び、喜びと・・そして悔しさが全身を包んだ。 何故、悔しさも感じたのか? それは、僕が受賞した「あしたの賞」というのは、「大賞」「優秀賞」に続く3番目の賞で、「あしたの賞」受賞作品は、そのまま作品が単行本化されたり、雑誌に掲載されるようなことはないのだ。 ただ優秀賞まで惜しい才能が感じられる作品を書いたということで、あしたの賞を受賞した人には担当編集者の方がついてくれて、一緒に今後の展開、今度こそ単行本化を狙っていくということなのです。 だから・・やっぱり本音を言えば悔しい。 自分の小説が本になるにはまだ何かが足りない。 でも、もちろん「あしたの賞」にまで残る作品であったことを嬉しく思ったのも確かです。 何故ならお世辞でも何でもなく、本音で今、一番面白い小説を出版されている方々が作った文学賞がこの講談社BOX新人賞であると僕は思っていたからです。 もともと、京極夏彦先生がどの文学賞の規定にも合わない作品を書いてしまったため講談社に原稿を持ち込みしたところ、こんな凄い才能がいたのか!と驚き、規定を設けない他の文学賞では発見出来ないような才能を見つけようということで始まったのが講談社メフィスト賞でした。 この講談社メフィスト賞の受賞者がホントに最高な人達ばかりでした。浦賀和宏先生、佐藤友哉先生、舞城王太郎先生、辻村深月先生、殊能将之先生、西尾維新先生・・正直に言うとここ3年くらい読んで面白かったと感じた小説の半分くらいはこのメフィスト賞受賞作家の皆さんの作品なんです(メフィスト賞創設のキッカケとなった京極夏彦先生と浦賀和宏先生の作品が特に大好きです!)。そして、このメフィスト賞を作られた方々を中心に新しく作られた賞がこの講談社BOX新人賞なのです(たぶん)。 僕の大好きな最高な作家さんを発見して育ててきた人達に、作品を認めて貰えたことに感動しないわけがありません。 しかし、やはりまだ「あしたの賞」です。普通、あしたというのは翌日のことですが、この「あした」はまだまだ先のことでしょう。 しかし、中沢怪獣が安斎レオさんという頼もし過ぎる人との出会いにより、世に出ていくことが出来たように、担当編集の方と一緒に中沢小説も羽ばたかせてみたい。 いや、羽ばたかせてみせます! まだ担当編集の方とは電話でしかお話していないんですけど(来週くらい講談社で初顔合わせとなると思われます)、良いコンビになって文学史を変えるような挑戦をしてやりたいと思っています。 今年の中沢エンターティメントは本当に激震です。 皆様も是非、小説家中沢健の活躍にご期待ください。 ・・いい小説、いっぱい書きますよ。 戦います!! 講談社BOX新人賞・公式サイト(受賞者・受賞作品の発表がされています) http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/award.html
by nakazawa_takeshi
| 2008-02-01 05:34
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